やりたいようにやる。そう自己満足。日々変わっていく考え方がやけに面白い。


by unntama01
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カテゴリ:自分( 77 )

ID いつの頃からか

まだ幼稚園にも行ってないくらい小さかった頃

母や祖母と湯に浸かり、

お風呂から上がる時は必ず「10」数えて出る習慣がありました。

「わーん、とぅーう、すりーい、ふぉーお、ふぁーいぶ、しっくす、せーぶん、えーいと、なーいん、てん!!」

「もういい?!!」

小さい時からせっかちな僕は、風呂に浸かってもすぐに数え始めて出ようとしました。

「だーめ!まだ入ったばっかでしょ??『Ten』の次は?」

「わからへん!」

「『Eleven』よ?」

「いれーぶん!!・・・もういい?!!」

「まーだ。」


小さい時から知らず知らずの内に英語が染み付いていた。

特別母が英語を話せる訳でもなく、ラジオの英語を趣味に聞いていた程度。

僕も意味は分からないにしても、英語を聞いていても嫌な気はしなかった。

父は決まって日曜日には日曜洋画劇場を見ていたので、家族揃って見ていた。

叔父が海外からお土産にしおりや財布などお土産に持ってきてくれる。

全てが僕にとって当たり前の事で、特に海外に憧れがある訳でもなく、

『海外』という『もの』が存在しているという認識で居た。




いつの頃からか分からない。

小さい時から目の前の事で精一杯だった僕に「憧れ」という物が無かった。

とにかく今のこの辛い現状を乗り越える事で精一杯で『夢』も漠然としていた。



そんなスタンスでいる内に高校卒業の時期。

中学の偏差値が平均点以下の僕の頭では『工業高校なら就職しやすい』という理由だけで工業高校を選び、何も考えずに高校卒業を迎える。

当然、みんな就職するものだと思っていたが、ある者は大学へ、ある者は専門学校へ、ある者はプーさんへ。

少しでもいい会社に入る事がセオリーだと思っていたのに。

僕の親友も働くものとばかり思っていたのに、
「絶対、こんな工業系の仕事したくない!」
といってホテル・旅行専門学校へ行った。

僕も受かるはずない大企業に駄目もとで受け、駄目なら調理師専門学校へ行こうと思っていた。

が、何かの間違いで内定。

この時代も就職難だと言われていた時で、内定を貰った事で「やりたい事」なんてどうでもいいと思っていた。



1年後、親友が専門学校斡旋で留学する事になった。

19歳にして初の海外。

ミーハーな自分もそれに便乗して、初海外シアトルへ行く事になった。

それまで外国人はテレビの中の非現実的な存在だったのに、目の前で生活している。

外国というより、テレビの中の華やかなイメージに影響された事で外国に興味を持ち出したのかもしれない。

その時からか分からないが、はっきり自分が今何をしたいかと考えるようになった。

しかし、骨を埋めるつもりで入った大企業にすでにどっぷり浸かってしまっている。

「ま、頂いたお給料で、休暇をとって海外旅行でも楽しめばいっか。」

・・・・・・・・・・。


一瞬の慰めでした。


22歳、初めてイタリアへ行く事になった。

イタリア料理が好きでイタリアの風景を見てみたくてイタリアへ。

この時もたまたま従姉妹がミラノに留学していた事が大きい。

この時、出会った「ズッパ・ディ・ペッシェ」
魚介のスープが信じられないくらい美味しくて、人をココまで感動させる事が出来るのか!と初めて思った。

会社では決まった仕事を言われるがままこなしている事に何か違うものを感じては居たが辞める程でもなかった。

しかし、本当にやりたい事を見つけた気がした。

僕の中が段々と形成されていったのは18歳を越えてからじゃないかなって自分で思う。

新しい事を一つ一つ挑戦する事でこんなにも人って変わるんだと思った。
確かに何も挑戦してこなかった。
ただ、目の前の事をしていただけ。

本気である事を証明する為に、会社に行きながらも料理の勉強をしようとレストランや居酒屋で働く毎日。

体力的に凄く辛かったけど、資金を貯めて留学をすると決めたのだからもう後には戻れない。

ただ突き進むだけ。

そう思っていたけど、料理では何も出来ない自分に気付き始めて挫折を味わう。

それでも途中で諦める事はしたくなかったので、継続してアルバイトは続けた。

ある時、外国人の友達が急に出来るようになった。
1年くらい彼らと過す事で新しい目標が出来た。

「自分はまだ何も知らない。色んな事を知る為に大学へ行こう。」

学生に戻る事で自由な時間を自分の為に費やし、納得のいく何かを見つける。
今の自分なら出来る気がした。

プラスアルファ外国で。

日本でも出来る事は沢山ある。
むしろ有利に物事が進むのは日本。
当たり前の事。

でもコレだけ自分の短い人生のターニングポイントには外国が付きまとっている。

もっともっと自分の知らない世界を出来る限り見ていきたい。
日本では自分を甘やかせる事が沢山。
ケツを叩いて逆境に立たないと本気を出せない自分の性格は自分が良く分かってる。


この目標が今の僕を成り立たせている全て。

絶対に諦めない。

そんな気持ちで5年間会社に交渉しました。

本当に上司とは沢山揉めたけど、やっと3ヶ月という短い期間ではあるけど海外へ進出する事が出来ました。

3ヶ月じゃ何も出来ないかもしれないけど、語学勉強をしながら何かを見つけたいと今でも思ってます。

このまま会社に骨を埋めるかもしれない。

でも我武者羅に自分のやりたい事を疑わない結果が、このチャンスだと思ってます。

無駄にしない。

4月14日~7月31日までCanada Vancouverへ行ってきます。

今まで応援してくれた方々、本当にありがとう。
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by unntama01 | 2010-04-04 14:18 | 自分

行くと思うよ。

人の気持ちは時間と共に薄れたり込み上げたりして大変だね。

来年の5月。

もう決めたんだ。

もう一度踏み出してみたいと思う。
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by unntama01 | 2009-10-02 05:39 | 自分

久しぶりに。

お久しぶりです。

毎日よく、投稿してたなと自分でもビックリ。

熱しやすく、冷めやすい体質です。

しかし負けず嫌いです。

なので閉鎖は絶対しません。

こうやって、思い立った時に投稿してみたりするので。

2009年も始まってすでに2ヶ月が終えようとしてます。

コレを始めた22歳からすでに4年が経ってるんですね。

早いものです。

少しだけ読み返してみましたが、
「若い」と思ってしまうという事は自分はおっさん街道、躍進している訳ですね。

思い描いていた26歳ではないですが、なんとか幸せに生きてます。

あの、刺激を求めていた4年前と比べて臆病になった気はしますが。

いつかは沸々と煮え滾る奥底に眠った情熱を噴火させます。
まだまだ若い者には負けられない。

心機一転。

クールでスタイリッシュをモットーに2009年向かっていきます。
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by unntama01 | 2009-02-24 03:27 | 自分
ブリーチをしてブルーメタルとバイオレットのカラーを入れる事で、グレーアッシュが出来る。

ブリーチとカラーのダブルカラー相当高度な技術がなければ、お客様に満足頂ける色にする事が出来ない。

ただ色を抜いて、カラーを入れるだけではない。

しかもダブルカラーの場合、その場で気に入ったとしても長くて2週間で色が抜けてしまう。

先日、8年間お世話になってるスタイリストさんの髪の色がもの凄くかっこよくて、

それ!!」と衝動的に同じ色にして貰いました。

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カラーの中でもグレーにするには相当難しい。

普通に考えて黄色に色を加えて灰色にするのだから、色は決まっても人の髪質から色彩、髪の長さや影の出来具合まで様々。

それを薬の濃度や色の配合を考えて入れなければならないのだ。

美容院のカラーが高くなるのも理解出来る。

それをこの短い髪でこの求めていたグレーアッシュにしてくれたのは本当に嬉しい。

が、しかし。

ダブルカラーの場合すぐに色が抜けてしまう為、3日経ってすでに黄色が見え隠れ。

それを知らずにもう一度相談しに行きました。

「色を長く持たせたければ、色を濃くする以外方法がない。」との事でわがままを言って濃くして貰いました。

店長曰く「色が抜けてしまうのは仕方が無いけど、これ以上暗くするとただの黒になってまうで?」

それでも、やっぱり金色にすぐに変わってしまうのは嫌だったので、お願いしました。

そして、



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ブルーレンジャーになっちゃいました。

これだと、日に日に色が落ちてしまうけど長く変化が楽しめるとの事。

最初からそう言ってれば良かったんだけど、多分最初からこの色にされてたらショックだったかも。

でも、最終的にグレーアッシュになる事は店長は分かっていた。

でも俺が「グレーアッシュがいい!!」と言ったから明るめにしてくれたのに。

なんてクレーマーな奴。8年間もお世話になってるのに。

だからお客様の満足度を得る事が難しいのです。カラー。

これでとても良い経験をしました。

次にする時はもっと色を抜いてから、黒くしましょう。

あ・・・剥げる・・・。
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by unntama01 | 2008-03-05 00:18 | 自分

死神のススリ笑い

兄弟からの影響で結構ムチャクチャするようになったんですよね。

仕事を何個も掛け持ちするとか
勉強しながら仕事をするとか
睡眠時間平均3,4時間とか

兄ちゃん、姉ちゃんに出来るんだから、俺だって出来る。

そう思って自分の野望に向けて、頑張ったんです。

すると、年末。

「あれ?お前、白髪生えとんぞ?」




?!!!!!!!!!!!!!!!



本気でショックでした。

白髪のダンディに憧れてますよ?

銀色の狼って感じじゃないですか。

白髪素敵ですよね。

でも、それって40とか50とかそれくらいから一気に変わるんだと思ってました。

まさかこの歳で・・・・。

そりゃ、小学生の時から生えてる方だっていらっしゃいますよ。

そういう体質なんだろうなって思うくらいで。

それが、白髪の気配もない自分にあちこちで発見されるんですよ?!

凹みます。

でもなんで髪って白くなるんでしょうね?
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by unntama01 | 2008-03-01 05:08 | 自分

悪夢の終わりを・・・

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一定の周期、もしくはストレスが溜まっている時によく同じ夢を見ます。

小学校の時は親友同然の仲良かった友達が、

中学で喧嘩をしてしまい、友達ぐるみでイジメてくるようになった。

私は中学までずっと背は一番前だし、自分の事は「ボクね。」となよなよした受け答えをする子。
そのくせ、へんにプライドが高いところから、常に上から物事を言っていた様に思う。

もしその時の自分が目の前に現れたら、撃ち殺すだろう。

そりゃ、嫌われる的になるのも分かる。

中学時代は自分にとって汚点であり、ターニングポイントでもある。

毎日酷い言葉を浴びせられ、集団で暴行。

相手は遊びのつもりかも知れないけど、自分にとっては毎日が地獄だった。

その中でHARUだけは普通に接してくれた。
唯一のオアシス。

だから初めて苛められる立場に立った時に、言葉の暴力、存在を否定する態度のパワーがどれだけ絶大か思い知った。

今では多少その様な事も理解出来るようになったと思いたいから、態度を改めるように努力している。

今の自分は昔の自分とは違うんだと。
いや、昔の自分も含めて、成長したんだと。

それでも苛めていた相手が今でも夢に出てくる。

同じ場所に住んでいても逢ったらどうしようかと思うくらい、背筋が凍る。

正直、恐い。

また無視されるんじゃないか、嫌な顔をされるんじゃないか。

毎日、怯えている。

「そんな相手こっちから無視したらいいんだよ」とかそういうレベルじゃない。

絶望的なトラウマって誰しも持ってると思う。
例えば、阪神淡路大震災の恐さが今でも消えないとか、
海で溺れてそれ以来、水が恐くなったとか、

そんな類。

自分が明るくしている影にはいつも奴は居る。

下手したら、毎日一瞬でも怯えてるかもしれない。

毎日の通勤だけでも。




一昨年の同窓会でもそれだけ緊張していた。

今年、また同窓会をする事になった。

嫌なら行かなければいい。

同窓会って普段は会わない友達が何をしているか近況報告したり、昔の話に花を開かせたり、昔馴染みの居心地を再現する場所。

普通は楽しいもんだ。


でも俺にとっては戦場になる。

昔の自分との戦い。

「今の俺は何言われたってへっちゃら!!」

それだけ言える様になった。

だから昔の自分と決別、イメージを変える為に同窓会に行く。

前回も少々はクリアできた。

というか、周りはそこまで干渉もしていなかったし、自分が過敏になっていたのもある。

でも、RPGでいう最後のボスは倒してない。

俺は終わらせたい。

夜中叫びながら飛び起きる悪夢や、町に居ながらも彼の気配に怯える毎日も。

前回はその、中ボス辺りは来ていたが、ラスボスは来ていなかった。

今度こそ、いいエンディングを迎えたい。

時間があれば細かに書いた自分の体験記をどうぞ
前回コメント書いて下さった方々ありがとうございます。
また性懲りも無く書いてスイマセン。

コレ

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by unntama01 | 2008-02-27 02:00 | 自分

ムツゴロウさんの気持ち

いつも、身動き取れないんです。

降ろしても、また入ってくる。

どーも、フィットするらしい。

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by unntama01 | 2008-02-14 22:45 | 自分

オートミール

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そういえば、小さい時から出されたものを何の疑いも無く食べていたが、今考えるとちょっと変わっていたのかも知れない。

その中でオートミールと言う食べ物が不思議で堪らなかった。

クェーカーオートミール。

ウチの家庭ではバターを入れて、牛乳をかけるのだ。

見た目は嘔吐物にバターを入れて牛乳をぶっ掛ける。

なんともおぞましい光景だろうか。

しかし、オーツ麦の独特の香ばしさとプチプチ感が堪らなく美味しい。

バターの塩加減とまろやかさが堪らない。

牛乳の爽やかさがなんともそそる。

見た目は嘔吐物だけども。


いつ頃からだろうか?

食べなくなった。

今現在、健康ブームであらゆる物が紹介されているが、大昔からオートミールを食べさせてくれた母親は凄い。

誰の紹介か分からないが、オートミールを小さい頃から食べさせている家庭は少ないだろう。

姉が自分用に食べていたものが棚から見つかった。

賞味期限2007年1月19日

うーん、一年前。

しかも製造年月日2006年なんですけど。

匂ってみる。

穀物だから、湿気さえなければカビが発生することも無い。

大丈夫みたいだ。

保存状態良好。

自分で作るのは初めて。

作り方を見ると水で炊くようになっている。

美味しい作り方では牛乳。

もちろん、牛乳で。

クツクツ煮る事、2分。

あの懐かしきオートミールが目の前に。

若干感動。真夜中の3時。

バターは避けて、塩を少々。

寒い夜中にオートミール。

感動の再会。

第一投。

・・・・・・・・・。
















あぁぁぁっつ。

猫舌なんです。

ご飯を良く咬んだ時の甘さに似た甘さ。

塩だけなのにうまーい。

病み付きになる。

見た目嘔吐物だけど。

うまーい。



















5分後。


















飽きた。

分量が分からなくて、こんなにも膨れ上がるとは。

ラーメン鉢並みの多さ。

真夜中の3時。

小腹空いてヘルシーにと思ったのに、軽く拷問状態。

オートミール地獄。

そして次の日。

恐ろしく、回腸。

恐るべしオーツ麦、玄米の3倍の食物繊維。
(賞味期限は関係ないと思う。腹痛無かったし。)

しばらく、病み付きになりそうです。

※分量は少なめで。
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by unntama01 | 2008-01-30 05:55 | 自分

モチベーション

行くと決めた2007

計画を練った2007

そして、様々な要因から日本にあと1年踏み止まる事にした2008

全く想像もしていなかった2008年。

全てのやる気がカナダの方向に向かっていた物が、一気に崩れ落ちた。

新しく挑戦する事があるから日本に踏み止まったんだ。

ここで、やる気をなくしてはいけない。

フレキシブルに対応してこそ、今後の新天地でもやっていけるというもの。

やることは山ほどある。

英語に、日本という国に、世界情勢、これからは本気で覚えていかなければいけない事がたくさん。

去年以上に自分が試される。

言葉では『本気』だ。なんて言うけど、俺が思う事柄を遣って退けてこそ『本気』と言う言葉が相応しい。

去年はただ体を酷使して頂けだ。
高校生でも出来る。

自分で決めて、自分で作って、自分で切り開いていかなければならない。

10時間も寝てる場合じゃない。

もっと計画的に、自分と向き合う事から始めよう。

まずは図書館だ。
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by unntama01 | 2008-01-26 02:18 | 自分
人の誕生日はどんなサプライズをしてやろうかと楽しくて仕方ないもので、
1年間誰かの誕生日を祝う事の方が楽しく、自分の誕生日を忘れてしまうくらい。

ふと気が付くと1ヶ月切っているではないか。

もうすぐ四捨五入で30歳。

誕生日前になるといつも考える。

歳を重ねる毎に自分は何かを成し遂げたのかを。

24歳でしか出来ない事ってなんだ?

普通の人より社会人長くしているもんで、若者らしい事を考える事が出来ない。

どこかの国とか
どこかの高級レストランとか
どこかの高級マッサージとか

安い考えしか浮かばない。

もっと精神的に何かをやり遂げたい。

この一ヶ月足らずで達成出来そうな課題は何か無いだろうか?

若いうちに出来る事。

アクティブに何かを・・・。

つっても、24歳の一年を振り返ると、意外ととんでもない事やり遂げてきたような気もする。

でも、なにか締めくくりになんかねーかな・・・??
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by unntama01 | 2008-01-20 05:52 | 自分